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戦国時代の始期と終期

 戦国時代は、どの時期から始まり、どの時期で終えたのだろうか。始期・終期ともに、諸説があり議論が尽きない。

 その始まりは、応仁の乱が始まった1467年か。それとも、明応の政変が起きた1493年か。

 その終わりは、織田信長入京した1568年、足利義昭将軍が信長に追放された1573年、豊臣秀吉が天下統一を果たした1590年、徳川家康が征夷大将軍に就いた1603年、豊臣家が滅亡した1615年などと主張する諸説が乱立している。

 戦国時代における始期と終期を考える際、まずは、戦国時代の特徴を整理しなければならない。

 日本史B用語集(山川出版社)によると、戦国時代とは、「全国に大名が割拠して激しく争った時代をいう。(中略)下克上の風潮が一世を風靡した時代」と説明している。つまり、安定政権が崩壊した時点がその始期であり、再び安定政権が確立された時点が終期と言えるだろう。下克上や不安定な政権運営であるうちは、戦国時代下にあると言える。

 以上のことから、僕は「応仁の乱が始まった1467年から、豊臣家が滅亡した1615年までの時代」が戦国時代であると主張したい。

 8代将軍足利義政の後継争いに端を発した応仁の乱。有力な守護大名が対立し、もはや室町将軍の権威は有名無実なものとなった。安定政権が事実上、崩壊した時である。

 徳川家康が征夷大将軍に就いた1603年。それ以降、徳川政権は260年余り続くことになったが、1603年時点では、大阪には豊臣秀頼や豊臣恩顧の武将が多数いたため、まだまだ安定政権とは言い難い。大阪夏の陣で、秀頼が自害し豊臣家が滅亡した1615年が戦国時代の終期と言えるのではないだろうか。

 また、豊臣秀吉が天下統一を果たした1590年を終期とする説には異論がある。徳川家康や伊達政宗を筆頭に豊臣政権に牙をむいた実力者が存在していたこと、朝鮮出兵に不満を抱く大名がいたこと、世襲による後継が確立していなかったことなどがその理由である。
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